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日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問い合わせ 略歴 著書

求道俳句誌「余白の風」第230号 2018年1月発行  

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平田栄一新刊情報掲載=求道俳句集『アッバを呼ぶ』

category: 求道詩歌誌「余白の風」

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求道俳句誌「余白の風」第229号 2017年11月発行  

以下はブログ版です。*紙媒体の実物は↖サイドバーをご参照ください。


俳句や短歌をつくりながら、「南無アッバ」の心を養います。

会員作品とエッセイ *選評

豊田・佐藤淡丘
しぐれては背に負ふもの捨てにゆく
一山やたった一頭残る虫
独座して祈るしじまや虫の秋
天狼星伊勢湾跨ぎ冬来る
外にも出よ冬のオリオン宙を占む

*「風」誌、はじめてご購読くださった由、ありがとうございます。そちらの「アッバ讃句コーナー」も一六回を数えました。多くは「余白の風」から転載させていただいています。今後ともよろしくお願いいたします。

大阪・島一木
黒は白でなく/白は黒でない/ぼくの魂は/灰色を忘れがちだ
魂は 空虚であるほど/多くの殻を/被ろうとするのだ/人に知られることを/恐れて

*①白黒をつける、といいます。しかしだれも白一色、黒一色の人間はいないわけで、そこを忘れ、自分のことは棚上げにして、他人を批判してしまう。自戒。

京都・瀧野悦子
南無アッバ神父ソバ焼くバザーかな
秋の夜の凹んでをれぬ南無アッバ
コヘレトにアッバのこゑや南無アッバ
南無アッバ涙のあとの温め酒
南無アッバアッバに抱かれ日向ぼこ

*久しぶりのご出句ありがとうございます。⑤井上神父はよく、祈りをアッバの悲愛のなかでの「日向ぼこ」にたとえていました。万事頭で信仰を理解しようとしていた私は、このたとえに出会って、祈りの体験的な意味を知りました。

昭島・新堀邦司
星合の夜となりたるぞ帰り来よ
耐へるしか術なき今日の暑さかな
くひな笛吹きて芭蕉の旅想ふ
金糸雀の機嫌よき朝秋立ちぬ

*『春夏秋冬 猫うらら』(里文出版、九四頁、千八百円+税)ご上梓おめでとうございます。句と絵と解説、英訳、ローマ字により、一般の方にもなじみやすい御本です。以下、所収句より。
  猫も一緒に欠伸するか  種田山頭火
  猫の子がちよいと押へるおち葉哉 小林一茶
  恋猫に縁なき猫の寝息かな  平田栄一
  捨て猫に付きまとわれて明易し  〃
  
高知・赤松久子
三人の博士導く冬の星
ヘルパーのサンタは笑顔輝かせ
冬ぬくしロザリオ繰りて南無アッバ
毛衣に洗者ヨハネを思ひけり
地下水の如き祈りに生かさるる

*⑤「祈ると何かいいことがあるの?」と非信者の方から聞かれます。第一に、状況が変わらなくても祈る人が変えられる。第二に、祈りは相互作用、祈る者同士でつながる。まさに「地下水の如き祈り」に生かされます。

八王子・F・井上
ポストまで七草めでる風の道
雨の日は雨に洗われ南無アッバ
告知より唯ひたすらに南無アッバ
南無アッバおまかせします南無アッバ

*②③身につまされます。しかし、こうした「雨の日」が続いても、①身近な所で健気に生きる草花の気持ちを忘れず、共感できるしなやかさ。④まさに、「おまかせします」の南無アッバの祈りの効用です。

東京・中村昇平
うっすらと残雪残す伊吹山
芝生燃ゆ孫二年生の運動会

*孫は子よりかわいい、などと言いますが、若い世代がどんどん成長していけば、老いもパワーをもらえるのだと思います。

練馬・魚住るみ子
秋雨や針穴に糸入り難く
小さき悔いに責められ暮れぬこぼれ萩
風につれ鳴る風鈴のね音幼な日の縁側に坐す母とわれはや
  『風の道』           
山の辺に道にかあらむ万葉の跡を尋ぬる旅のうつしゑ写真

*②老いの日々に、すっかり忘れていた昔の傷や悔いが忽然と甦ることもありましょう。③また、自分が幼少の心に帰るのも一瞬。人の記憶や感情は不思議なものです。しかし、どんなときでも南無の祈りに戻れる幸い。

 名古屋・片岡惇子
ロザリオの繰る手に風秋桜
主の条理の不条理祈る大夕焼
稲穂垂る主の良しといふ声聞こゆ
子の笑顔吸い取って行く大夕焼
月光や深海知らず波照らす
秋深し聖書を祈りみ心問ふ

*②井上神父は、神は人間の理性にとっては「神聖なる無」であるといいます。ですからアッバの「条理」は人間には「不条理」に見えるかもしれない。しかし私たちは信仰によって、究極的な幸いにあずかれることを確信します。

蓮田・平田栄一
   今を生きることばⅡ
否定したい過去がある。しかしそれがどういう意味を持つようになるかは、無限の可能性がある。
   *
十字架即復活の保証により、吾らは、明るい相のもとに、すべての事象を見ることが許されている。
   *
いじける材料は、いくらでもある。やがて負のスパイラルに落ち込む。そこから抜け出す勇気は十字架。十字架が刻まれたコインの裏側は、復活に輝いている。


平田講座要約(第四八回)2014-6続

(テキスト『心の琴線に触れるイエス』聖母文庫)
p・54B
次にそうした罪ないし苦しみの解決、救済論ということになると、北森神学では十字架を負ったイエスの痛みが父なる神の痛みに直結して、神の愛が語られていきます。それに対し井上神学では、イエスの痛みを父なる神がさらに包みこんで、抱き上げていくところに神の愛を見ています。つまり子と父(なる神)の愛という関係では、北森神学は直結構造を持っており、井上神学は包括構造を持っていると言っていいのではないかと思います。これを父なる神という点に絞ってみると、北森神学の〝痛む父〟に対して井上神学は〝慈しむ父〟が強調されていきます。


右のことを整理しますと、次のようになると思います。【板書】
<救済論の比較>
〇北森: イエス中心主義
イエスの痛み→神の痛み→神の愛(直結)
         ↓
        痛む父

〇井上:神中心主義(青野、パウロ)
イエスの痛み<包み込む神→神の愛(包括)
         ↓
        慈しむ父

「イエス中心主義」「神中心主義」ということは、本文には書かなかったのですが、のちに青野神学を学んでいくなかで、救済論におけるイエスの能動性という視点を持つようになり、便宜上ですが分類に使ってみました。北森神学は父子直結構造ですから、父がしたこと=子がしたことというニュアンスが強い。父が人間を救うために子を十字架にかけて・・・ということではあるのですが、痛みで直結していますから、一心同体的で、子が自ら進んで人間の罪のために、という意味合いが出てくる。子は能動的です。

それに対し、井上神学は十字架のヨハネの描いた、あの上から見た十字架像に象徴的なように、イエスはアッバの業を成し遂げる「場」となった、すなわち、父に対して子は受動的だということです。

同(第四九回)2014-7

前回まで、北森神学VS井上神学に関して、痛む父と慈しむ父を比較し、神学の出発点については、北森さんは、「わが罪」の解決から、井上神父は、「苦しみ」の解決から、また救済論の比較では、北森さんの「イエス中心主義」に対し、井上神父の「神中心主義」(青野:パウロも)ということを見ました。

南無アッバの集い&平田講座(於・四谷ニコラバレ)日時11/25(土)午後1時半~。12/23(土)同、1/27(土)同。

―「余白の風」入会案内―
どなたでも参加できます。購読のみも可*年六回奇数月発行*年会費千円(送料共)*採否主宰一任*締切=偶数月二十日
*ブログ「南無アッバを生きる。」に掲載します。
*入会申し込み、お問い合わせはサイドバー「余白メール」まで。

category: 求道詩歌誌「余白の風」

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求道俳句誌「余白の風」第228号 2017年9月発行  

以下はブログ版です。*紙媒体の実物は↖サイドバーをご参照ください。


俳句や短歌をつくりながら、「南無アッバ」の心を養います。

会員作品とエッセイ *選評
   
名古屋・片岡惇子
ヒロシマの叫びとどかぬ蝉時雨
長崎の平和願う鐘炎暑する
雷鳴や祈りの中に小さき者
夕立に洗われ透けるマリア像
被昇天のマリア涼しき風残し
蝸牛みんな悲しみ運んでる

*①②原爆の悲劇が忘れ去られているような国際関係が心配されます。③人間の無力とともに、アッバにゆだねる謙虚さをもつ「小さき者」⑥一人一人が自分の十字架を背負ってついてきなさい、と主はおっしゃる。

豊田・佐藤淡丘
裏山の奥よりはじむつくつくし
新涼や二の腕さすり語りあふ
鷺草の小さな決意みつけたり
睡蓮水の余白に映るもの
にいにいのこゑをつゝみてゆだちかな

わが裏山には「百段坂」(実際には九十六段)がある。毎朝これを、歩く、またぐ、昇って降りる。これらの動作は、よく考えれば全てが「片足立ち」が基本です。
よたよたしながら、その動作を意識することが、老化の防止、即ち「ウィズ・エイジング」だと自負しているところです。南無アッバ

*なるほど「アンチ――」ではなく「ウィズ・エイジング」なのですね。「片足立ち」――私もこの頃朝のウォーキングといくつかのエクササイズを決めて実行しています。お仲間入り、よろしく、南無アッバ。

大阪・島一木
群集の顔の数だけ咲く花火
通過する電車の窓も花火見る
花火見るとき鉄橋がいつも邪魔

*見ている花火がどのようなものであったかより、それを見ている一人ひとりの人生に想いを致します。悲喜こもごも、思い出のアルバムが作られる。

昭島・新堀邦司
国境に青き山脈聖五月
ロ短調ミサ曲を聴き聖五月
梅雨疎まし男にもあり更年期
父の日や父といふ字が小さく見ゆ
みどり児を抱く聖母や合歓の花

*③④ジェンダー問題が何となく女性中心に語られているような昨今、男性の更年期、イクメンのうつ病なども取り上げられつつあります。

高知・赤松久子
マグダレナ一人隠遁秋の山(聖人伝より)
ベランダに立てば吹く風秋の風
師のテープ胸熱くなり南無アッバ

 うらみ、ねたみなど、肯定はしない/しかし/自分でギーッと努力するのでなく/イエスの愛の前に立って/自分のきたなさをみとめて/お願いします――と/合掌するのです/と、神父さまはおっしゃった/南無アッバ

*井上神父さまのお話は、いつも現実に即していました。自分の罪深さを認めた上で、それを自力でなんとかするのでなく、重点が南無――お任せ、アッバにゆだねる、というところにかかっています。

八王子・F・井上
遠い日の感動が湧く槍穂高吉田画伯の気骨いまだに
庭の隅見知らぬ花が楚々とたつ天使が運ぶ慰めのたね
がたがたと早のキッチン動き出すアッバ、アッバとつぶやきながら
終活に逸る気持ちに釘をさす思い出という過去の化け物

*①「遠い日の感動」④「思い出という過去の化け物」過去は解釈によっていかようにも、今を生きる糧にもなり、また毒にもなります。

板橋・松風人
ウクレレや賛美の響き暑気とばす
みず求めつがい番と翔びする赤トンボ
我を呼ぶ炎暑に聳ゆ竜舌蘭
*松風人さん、ご入会ありがとうございます。本会「余白の風」は、詩歌の文学的な出来を第一に問うものではありません。「南無アッバ」の祈り心をごいっしょに養いましょう

蓮田・平田栄一
  今日の言葉               
自分で自分が納得できる物語が作れればいいんだと思う。
  *                     
「人間は、常に自ら進んで自分の心を変え、再び出発点に戻ることによってのみ、何か新しいことを始める大きな力が与えられるのである。これを可能にするのはゆるしである。」(ハンナ・アーレント)
  *                     
「日本人は、少なくとも八月六日から十五日の十日間は、正気に返らなければならない。」(大岡昇平)

練馬・魚住るみ子
プネウマ聖霊とふおみ風さまにつつまれて安けくぞあるわれらなれこそ
暗門の滝に真向ひ水の風さんき山気の風を胸深く受く
一陣の吹き降す風白神の山々の上めぐりゆくなり
  『風の道』                
砂丘の上砂ずぶずぶとたどきなし奈落へ通ふと言ふにあらねど

*①宗教とは、受容の安らぎであると井上神父はおっしゃいました。②③その安らぎを最も身近に感じられるのが、自然への親近感でしょう。


平田講座要約(第四七回)2014-5続
(テキスト『心の琴線に触れるイエス』聖母文庫)

ルカも教会の調和的傾向が強いので、『使徒行伝』など見ると、過激なパウロ主義を弱めようとする傾向があります。たとえば、エルサレム会議の調和的解決――一五・二〇=「使徒教令」の『レビ記』一七~一八章にもとづく四つの禁令は、『ガラテヤ書』二章では決議事項になっていません。貧しい人への配慮だけです(二・一〇)。「使徒教令」はアンチオキア事件(二・一一)以降に、ヘレニストとヘブライストの調和を望んで制定されたとするなど、ルカは彼のイスラエル――イエス――教会という直線的な救済史観にもとづいて、「使徒教令」を『使徒行伝』に入れることで、旧約イスラエルとキリスト教会の連続性を主張したかったのではないかと思われます。

またアレオパゴスの説教は失敗したかのような印象を与える(一七・三二~三三)のも、パウロ主義を弱める意図がうかがえます。
ただ、「無条件のゆるし」の福音は、イエスもパウロも一致していることは、特筆すべきことです。イエスに会ったことがないパウロがゆるしの福音の本質を見抜いたということになります。

同(四八回)2014-6
北森神学VS井上神学に関して、石川耕一郎さんと八二年一月に対談した井上神父が、直後(おそらく二月)に、サンドメルに出会って「目から鱗」状態になったという、その経緯を見てきました。

ポイントは、サンドメルの視座――新約聖書全般を「パウロの立場を中心課題として理解しようとするサンドメルの視座」――パウロ文書→新約の他文書という歴史的順番から、パウロ主義が、その賛否はともかく、すべての新約文書に大きな影響を与えていた、ということです。

<■痛む父と慈しむ父
p・53
こうして二つの神学を見た上で、比較のためあえて図式化してみると、次のようになるのではないでしょうか。
まず神学の出発点として、問題意識の持ち方が両者で異なっています。北森神学の問題意識は、わが罪の解決というところに重心が置かれているといってよいでしょう。それに対し井上神学ではまず、罪より苦しみの問題に関心が向けられています。この点では最初の佐古氏との比較と同様です。>

【板書】
<神学の出発点の比較>
北森、佐古:わが罪
井上:苦しみ
(復習p.26)

南無アッバの集い&平田講座(毎月)
於:四谷ニコラバレ、
日時9/23(土)13時半、
10/28(土)同、
11/25(土)同

―「余白の風」入会案内―
どなたでも参加できます。購読のみも可*年六回奇数月発行(実物は↖サイドバーの見本をご覧ください)*年会費千円(送料共)*採否主宰一任 *ブログ「南無アッバを生きる。」に掲載します。
お問合せ、見本誌申し込みは↖余白メールにてお願いします。

category: 求道詩歌誌「余白の風」

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求道俳句誌「余白の風」第227号 2017年7月発行   

俳句は祈り
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「南無アッバ」の心を養います。

category: 求道詩歌誌「余白の風」

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求道俳句誌「余白の風」第226号 2017年5月発行  

俳句や短歌をつくりながら、「南無アッバ」の心を養います。


会員作品とエッセイ *選評

八王子・F・井上
カタクリの祈るかたちに魅せられて
痛みまた恵みとなりし南無アッバ
十字架の道ありがたく有りがたく
過越していただく命南無アッバ
後なんぼ大切になる南無アッバ

*②③ご親族やご自身の病、老いを真摯に受け止める姿が清々しい。「十字架の道」はけっして滅びの道ではなく、再生の道、再会の道であることを、主は証明されました。

練馬・魚住るみ子
紅梅にぽつり二輪ひらき初め咲き盛りゆくくれなゐぞ濃き
雪山に消えしいのち生命よ南無アッバ アッバ アッバ祈るのみ南無
愛用の手さげ失せたり南無アッバいきさつなべて覚えずありぬ
  『風の道』
復活節の今宵を君の額づけるパドヴァなる聖アントニオ教会

*②若き貴重な命が失われた事故。ご本人たちの無念と親御さんの悲しみは測り知れない。①同時期、新しい命が同じ自然のなかで育まれている。

名古屋・片岡惇子
囀りや目覚めよと声近くなり
生き様に残るものなし雪解川
残雪や解けたる傷は主のこころ
あなたの他行く道なきや四旬節
生かされて草餅美味しミサの後
復活祭古き衣を脱ぎきれず

*②「復活とは、神の懐に蘇ることだから、そういう切り口で考えるならば、神様の記憶に残っているというほうが、たしかなものかもしれない。・・・私の生きた証しも神様の中に残るということだと思えます。」(井上洋治『我等なぜキリスト教徒になりし乎』)九七頁)

豊田・佐藤淡丘
山おろす花となりけり山桜
葉桜や風を呼ぶさへあどけなし
乾坤や花の一撃目が眩む
白れんや天の蝋燭消さず待つ
遠目にも手招く辺り若葉摘む

日の出の時刻がお正月の頃から比べると、一時間程早くなりました。「会神の丘」への切り通しも足の下から明るくなり、ひとり祈る秘密の場所。ここも折からの曙光に照らされ、身震るいするほどの「しじま」を与えて下さいます。五体投地の我に囀りが被さります。アッバ・アッバ・南無アッバ

*とてもよい季節になりました。②花が散った後の「葉桜」が「あどけなく」初々しく感じられます。寒い世情と裏腹の自然に慰められます。

大阪・島一木
春立ちぬ讃美の声の湧き立ちぬ
十字架はひかり鶯けきよと鳴く
教会の名もなき草として萌ゆる

*①「立ちぬ」のリフレインが、新しい年度への期待を膨らませます。②あの「十字架」がなぜ「ひかり」なのか、そこがキリスト信仰のミソです。③名は消えて仕事は残る春の暮 栄一

昭島・新堀邦司
身の内に恙ありけり春遅々と
春二番三番相模は風の国
鎌倉に花を咲かせて基吉忌
今日からは残る寒さと呼ばれけり

*①「恙ない」に越したことはないけれど、アッバの業は「恙ある」時、所にこそ顕著に働く、という信仰。「私は弱い時にこそ強い」(二コリ一二・一〇)

高知・赤松久子
気がつけばアッバの恵み風薫る
聖五月おみ風さまよおいでませ
ち小さき街囲む山々春霞
原発は狂気の沙汰よ春の月
黄砂去り青き山々甦へる

*①そう、私たちはつい「アッバの恵み」を忘れてしまう。そんなとき草花や「風」が気づかせてくれます。②「おみ風さま」に導かれた井上神父の「風の家」も、発足三十一年目となりました。南無アッバ

東京・富山紗和子
年重ね晴耕雨読の時を得て「ありがたきかな」の言葉もれくる
きさらぎの小さき庭に光みち寒咲花菜ふきのとうつむ

*①これまで一生懸命生きて来たからこそ「晴耕雨読」が「ありがたい」。

蓮田・平田栄一
十字架の果てにおみ風薫りけり  ヨハ一六

イエスの苦難の死を通して、わたしたちに注がれる神さまの息吹=聖霊を、井上神父は「おみ風さま」や「守導者」などと造語した。勧善懲悪の恐い神でなく、どこまでも赦す神アッバ。そのまなざしは、おみ風さまにより、時間と場所をこえてわたしたちに届く。


平田講座要約(第四六回)2014-3続
(テキスト『心の琴線に触れるイエス』聖母文庫)

ご遺体と半日いっしょにいて――暖かな一日でした――帰途、わたしはバスで目白に出ず、目白坂をてくてく降りて江戸川橋まで歩きました。風景はかなり変わっていますが、三十年前のことが懐かしく思い出されました。

求道の一心で、あの坂を汗だくになりながら登って行った夏の暑い日。個人的に初めて井上神父に会ったのが、あのカトリックセンターでした。そこでひとしきり、神父の本を間にして、いま考えたらもったいないような個人レッスンを受けたのでした。

問答が終わると、たいていは神父の方から「ところであなた、今日これから予定は?」と聞いてくださり、二人で目白坂を居酒屋へ下りて行くのでした。

最後は苦しまずに逝ったらしいと、四年前に私の父が同じ時期三月六日に逝ったときと同じ思いで安心していたのですが、お葬式に行って、カテドラルの最前列で、直接町野さんから聞いた、井上神父の最期は実は、つらい話でした。こうおっしゃっていました。
三月七日(金)午前四時頃、神父は不調を訴え、かなり苦しそうだったので、町野さんが「救急車を呼びましょうか?」と聞いたそうです。すると「うん」と返事をした。

それから三つの病院を回ったが、どこも救急扱いで早く対処してくれた。しかし途中苦しがって――もうそのときは片手がマヒしていたらしい――手を振り回して、「アッバ、アッバ、アッバ」と、もがくように繰り返していたそうです。かなり苦しそうだったということです。

それを聞いて、勝手に「安らかに・・・」などと思い込んでいたことを申し訳なく思いました。
神父はだんだん弱っていく中で、ゲッセマネの祈りを繰り返していました。今日は、井上神父が作った「苦しみのなかでの祈り」をコピーしてきました。これは、具体的にある信者さんのために作った祈りだと、言っていました。

最後は、三食とも町野さんが食べさせ、二、三分おきにトイレに行かせ・・・といった状態だったそうです。町野さんも限界だったと思います。私は思わず、町野さんの小さな手を握って「大変だったでしょう、ありがとうございました」と言いました。
晩年の井上神父は、話のたびに、老いの厳しさを語っていましたよね。

ここに、自分のサイトからダウンロードしたCDを持て来ました。二〇一一年の「風の家」二十五周年と翌二〇一二年の二十六周年の井上神父様の講話です。

このなかで神父は、老いの厳しさを語りながらも、「アンマン空港で聞いた男の子のアッバ、アッバという叫びを、毎晩思い出しながら、ゲッセマネの祈りのように、アッバ、アッバ、と唱えています。アッバはこういう私たちの祈りを必ず聞き入れてくださっていると思います。それは、今すぐどうこうとは言えないかもしれませんが、人生の最後の完成――死ぬ時に、その人にだけ、アッバが手を広げてお迎えに来てくださるのだ、そう思っています。」と、近況を語っています。

「しかし、それが最後の時まで続けることができるのか、はなはだ自信がないので、ここにおいでくださっている皆様に、私が最後の時まで南無アッバとお祈りを唱えて、アッバのお迎えを受け入れることができるように、お祈りしていただきたいと、思います。よろしくお願いいたします。私も、皆様の上にアッバの安らぎがありますように、お祈りさせていただきます。」と結んでいます。(つづく)


南無アッバの集い&平田講座(毎月)=於:四谷ニコラバレ、日時5/27(土)13時半、6/24(土)同、7/22(土)同

―――――「余白の風」入会案内―――――
↖サイドバーをご覧ください。

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南無アッバの集い&平田講座

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最後の南無アッバミサ

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