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聖書について  

ここでちょっと聖書の話をしておきましょう。きみたちは、〝聖書〟と聞いただけで、「ああ、あの悟り切ったような顔でおもむろに近づいてきて、いきなり『あなたは神を信じますか?』と声をかけてくる人たちが抱えている本のことか。それならまっぴらごめんだね。」と敏感に反応する人も多いでしょう。わたしのところにも、「先生、わたしは聖書のあの頁――総ルビでぎっしり文字の詰まった字面を見ているだけで、何か洗脳されてしまいそうでとても読む気にはなれません。」と言ってくる生徒もいますよ。

 でも、こういう反応をぼくはけっして大袈裟だとは思いません。現在の平均的日本人の正直な感想だと思います。最初に書いたように、一部の宗教団体が恐ろしい事件を起こしたことが問題になっているこの頃です。聖書→宗教→恐ろしいもの→なるべく関わらないこと、というアレルギー反応が現代の日本人のなかにできあがってしまっても仕方ない状況なのかもしれない。

ただ一方で、こうした〝臭いものには蓋〟という発想でよいのか?という疑問も沸いてきます。〝君子危うきに近寄らず〟という言葉と同時に、〝彼を知り、己れを知るは百戦危うからず〟という言葉もあります。歴史上幾度も繰り返された宗教戦争や人殺しをほんとうに聖書は認めているのだろうか、一度は聖書にあたってみる必要があるように思います。日本人の国際化が叫ばれるなかで、〝聖書を知らずして西欧を知ることはできない〟ともいわれます。

今の世の中には宗教に関する本はあふれかえっていますよ。
映画、小説、美術、音楽、ときには君たちの好きなテレビゲームやパソコンゲーム・・・・、とくに外国ものの芸術には、よく聖書を題材にしたり、引用したりしていることがあるのは知っていますか。そう気がついたとき、一度は聖書って何が書いてあるんだろう、と興味を持ったことがあるかもしれない。なかには、実際にめくったみたことがある人もいるかもしれません。宗教関係の棚があるような大きな本屋さんに行くと、たいてい何種類かの「聖書」が置いてある。事典のように大きいのからポケット版までいろいろ。でも内容までは知らない。場合によっては君たちの家の書棚にもどなたかが買ったのか、もらったのか、置いてあったりするのではないでしょうか。しかしいずれにしても、まともに読んだことがないというのが正直なところじゃないでしょうか。

実は聖書は今でも世界全体でベストセラーなんですね。ミリオンセラーなんてものじゃありません。その上をいくベストセラーです。ところがそんなに売れているのに、ある意味最も読まれていない本でもあるんです。その理由は、聖書の〝読みにくさ〟にあります。

第一に視覚的な問題。パラパラとめくった経験のある人はすぐわかるでしょうが、字面が読みにくい。たいていは行間が詰まっていて、細かい文字がぎっしり詰まっています。なぜかというと、膨大な情報量を一冊に押し込めようとしているからです。それで最近は、分冊にして読みやすく製本されているものも出ていますが、そうすると今度は持ち運びに不便で、全部そろえようとすると値段も高くなってしまいます。

第二に内容の問題。「聖書」って聞くとたぶんきみたちは、黒い革表紙で分厚い一冊の本を思い浮かべるかもしれないけど、最初からまとまった一冊の本じゃなかったんだね。何十とあるいろんな文書をまとめた「合本」といっていい。で、その何十かの文書が、大きく二つに分かれています。「旧約聖書」と「新約聖書」。

新約聖書は今は一冊の本になっているけど、もともとは別々に書かれた27個の文書を後でまとめたものなんだ。その最初の四つが福音書とよばれています。

福音書というのは、キリスト教の中心人物であるイエスの伝記のようなものです。ただ、ふつうの伝記とちがうのは、きみたちが「日本史」とか「世界史」とかいうときのように、必ずしも年表のように歴史的な順序や史実をそのままうつしたものじゃないんだね。

いや実は、このへんは微妙な話でね、福音書の史実性(どこまで歴史的事実か)ということ自体がもう、聖書学のいろんな議論を含んでいるんだ。だけど、今はそういうむずかしい議論は置いといて話をすすめましょう。

ぼくはとりあえず、今の言葉でいうと、福音書っていうのは歴史小説みたいなものだと考えていいんじゃないかと思う。豊臣秀吉でも織田信長でもいいんだけど、君たちもなんか小説仕立ての歴史を読んだことがあるよね。ああいうのって、まるっきりフィクションっていうことはないよね。著者によっては、すごく現地調査や資料をくわしく調べている。それをもとにして、著者が主人公の一生を再構成していくわけだね。

そうは言っても、きみたちが福音書を最初に読んだときに、たぶんすぐひっかかるのが、奇跡の問題でしょう。イエスが水の上を歩いちゃったとか、死人をよみがえらせたとか・・・・。史実としての結論からいえば、そういう奇跡は実際起こったかもしれないし、起こらなかったかもしれない。いまさらどうにも証明する手だてはないんだな。

でもそこでうっちゃっちゃったらもったいない、ってことも書いてあるんだな、聖書には。
四人の著者が、あるところでは共通の資料を使い、別のところでは独自の資料を使って、それぞれの視点でイエスの伝記、さっきの言葉で言えば歴史小説を書いたということです。
今とりあげようとしている『マルコ』っていうのは、新約聖書のなかでは『マタイによる福音書』の次に出てきますから第二福音書ってことになるね。ついでにいうと、第三は『ルカによる福音書』、第四は『ヨハネによる福音書』です。(以下、『マルコ』『マタイ』『ルカ』『ヨハネ』と略します。)

で、ちょっとめんどうなのは、聖書全体にいえるんだけど、おさめられている文書の順番がその文書が書かれた年代番になっていないんだよ。『マルコ』は二番目に出てくるけど、実は四つの福音書のなかでは一番古いんだ。たぶん、紀元65年~70年代の初め頃書かれている。
イエスは紀元前7年からたぶん4年くらいの間に生まれて、紀元30年か31年に死んでいる。これは間違いない史実です。だから、けっきょく最初の福音書でさえ、イエスが死んでから30年以上経って書かれているんだよ。そう聞くと君たちは、「そんなに経ってから書かれてんじゃ、ますますあやしいもんだ」と思うかもしれない。

ぼくは今年47歳で、今から30年前は、ちょうど君たちと同じ年代だよ、高二か高三。今ぼくに、「おまえ、高校生のときに聞いたり見たりしたことを、綿密に書き出せ」っていわれたら、こりゃ、困るね。ほとんど憶えていないもの(笑)。

でもね、よく考えてみると、特定のことだけははっきり憶えているだなあ。たとえば、うちの奥さんのこと。そう、ぼくの奥さんは高校の同級生なんだ。だから、いっしょにフォークダンスを踊ったときの手の感触? なんかまで、憶えていたりするわけね(笑)。

つまり、30年経っても、ものすごくインパクトの強いことっていうのは、けっこう細部まで憶えているものなんだなあ。もしイエスが、当時の民衆にとってそういう強烈な個性の人であったとすれば、その複数の人たちの記憶や証言は、かなり信用できると思うんだね。もちろん伝承の過程で、わいきょく歪曲されたり、脚色されたりした点もあることが、現在までの聖書学でわかってはいます。そのへんも、これから必要に応じて指摘していきたいと思います。

それからもう一つ信用できる材料は、当時の人の記憶力の良さだよ。聖書の舞台になっている2000年前のユダヤ(パレスティナ)地方では、ものを書く材料は羊皮紙かパピルス紙だった。すごく高価なものだから、一般の人は手に入らない。だから人の言ったことは今のように気軽にメモをとるんじゃなくて、基本的に記憶におさめるほかなかったんだな。そう考えると、話者に対する注意力や観察力は、今みたく紙があふれている時代とは比べようもなく強かったと想像できるね。

ということで、聖書に書かれていることを、とりあえずはしっかり読んでいいんじゃないかってところまでやっとたどりついた感じがします。
だからここでもぼくは、とりあえず福音書の伝えるところに耳を傾ける、っていう態度が必要なんだと思う。

奇跡物語にしても、著者がその話をとおして何を言いたかったのか、っていう視点で読んでみたいと思うのです。

さて、さっき引用した文のところどころについている番号は、節っていうんだ。聖書の該当箇所を指すのに便利なんで、中世になってつけられたものだね。もともとのギリシャ語原文(といっても写本だけど)には、節も章も句読点もついていない。
この段落(ペリコーペっていいます)を、じっくり検討してみましょう。

イエスが旅に出ようとすると、「ある人」が走り寄ってきて声をかけた、という設定だね。この「ある人」は男だね。
ところがね、これと同じような話が『マタイ』にも『ルカ』にもあるんだ。ほとんど同じ内容なんで引用しないけど、なんで三つが重複しているか、ってことを、ちょっと説明しておきましょう。

実はね、前にも言ったように、新約聖書におさめられている福音書は四つある。そのうちの前の三つ、つまり、『マタイ』・『マルコ』・『ルカ』は内容的によく似ているんで、共観福音書っていうんです。なぜ似ているかというとね、『マルコ』が一番古くて紀元六十年代の後半から七十年代にかけて書かれ、『マタイ』や『ルカ』が書かれるときは、この『マルコ』の写本が出回っていた。で、マタイやルカはこれを参照して自分たちの福音書を書いたんだ。『マタイ』や『ルカ』は紀元八十年代以降でしょう。

もちろん、ただ『マルコ』を書き写したんじゃ意味がない。マタイは自分が持っていた独自のイエス伝承資料(これをM資料といいます)を混ぜていく。ルカも独自のL資料を混ぜていきます。だから、『マタイ』や『ルカ』には、『マルコ』の九十パーセントは含まれているんだな。

さらに、よくこの三つの福音書を比較していくと、『マルコ』にはないけど、『マタイ』と『ルカ』に共通している記事もあるんだよ。だから学者たちは、マタイ・ルカが福音書を書いたときには、『マルコ』のほかに、イエスの言葉集みたいなものが出回っていたんじゃないか、って考えたんだ。それをQ資料といいます。Qはドイツ語のQuelle、「源泉」というような意味だね。

ということで、けっきょく、次のような図式になる。
『マタイ』=『マルコ』+Q+M
『ルカ』=『マルコ』+Q+L
で、三人の共観福音書記者は、それぞれの置かれた視点で、福音書を編集したってことになるわけ。

さっきの『マルコ』記事に出てくる「ある人」。実は『マタイ』では「一人の男」になってる(19:16)。『ルカ』では「ある議員」になっています(18:18)。なんでこういう違いが出てくるか、ってことなんだけど、当時は印刷じゃなくて、手書きの写本によって本が増えていく。最初に書かれたものをだれかが写す。それをまただれかが借りて写すわけ。そういう作業の繰り返しだね。

そうすると、第一は、うっかりして写し間違えるってことが考えられる。人間がやることだから、仕方ないよね。
第二は、ちょっとめんどうだよ。書き写した人が、わざと、つまり故意に違うように書きかえるってこともあるんだよ。

福音書を含めて新約聖書がなんでつくられたかというと、「イエスがキリスト」つまり、イエスが現れたことによって、自分たちが本当の救い(「救い」とは何かってことは、また、少しずつ考えていきましょう)にあずかれた、っていう喜びを証言するためなんだから、故意といったって、悪意はない。むしろ善意で、書き直しちゃうってことがあったと考えられるんだ。



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生活のなかのキリスト教  

「わたしはそんな作家の本など読んだこともないし、興味もない」と言う人もいるかもしれませんね。そういう人でもたとえば、クリスマスがイエスの誕生祝いであることや、わたしたちの学校や会社の日曜休日制がイエスの復活に由来すること、あるいはバレンタインデーも本来はキリスト教の聖人のお祝い、等々、実はわたしたちの生活や文化はすでに〝聖書〟や〝キリスト教〟にかなり影響されているものであることは否定できないと思います。どこかで聞いたことあるけど、若い女性に「結婚式は何式でやりたいですか?」っていうアンケートでは、九〇パーセントの人が「キリスト教式」と答えている。
また私的な話になるけど、うちの奥さん。この人とは高校時代の同窓生で、熱烈な恋愛の末結婚・・・・そんなことはどうでもいいか(笑)。そうじゃなくて、つい最近洗礼を受けたんです。それで、なんでいまさら(今年五十歳)?ってことなんだけど、これが面白い。というのはその正直な理由を聞くと、精神的迷いとか神の存在とか、およそ予想される理由じゃないんだね。彼女いわく、「仏経のお葬式で遺体につける白い三角の布、あれ絶対つけられたくないの。」っていうのです。ふむふむたしかにキリスト教のお葬式のほうが、どこか明るい感じがありますわ。神父さんや牧師さんに言ったら、
 戦前の国家神道と軍国主義が結びついた反動で、戦後は(少なくとも公立学校では)民主主義教育からすっかり宗教が抜け落ちてしまいました。近年、宗教団体にまつわる事件が多発し、若い人たち、それもいわゆるエリートとみなされる人たちが、あまりにも易々と事件に加担してしまった事実をわたしたちは直視しなければなりません。
 さらに最近頻発する青少年の破廉恥な犯罪。それとどこまで関連があるかはわかりませんが、多くの若者が「死者の生き返り」を信じているというアンケート結果――今ようやく学校教育のなかで、〝宗教〝をどう扱うべきか、議論されはじめています。


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なんでいまさら宗教なの?  

 高校時代までのぼくは、目に見える、手にとって確かめられるものだけがホンモノ本物だと思い込んでいました。大学の学部選択の基準も、できるだけ具体的・実用的な学問をしたい、ということで、商学部を選んだのです。
しかしその後の人生で、それまでのわたしが想像だにしなかった人生の大事件が起きました。ちょっと大げさな言い方になりましたが、それはカトリック(キリスト教)との出会いです。
 若いきみたちには、今は興味がないかもしれませんが、なにかの拍子に思い出し、参考になることもあるかもしれない、ということわりのもとに、これから話をしていきたいと思います。途中退屈な話もあるかもしれませんが、どこか一箇所でも印象に残ることがあれば、うれしいです。

 ところで、「なんでいまさら宗教なの?」あるいは、「そんなもの俺たちには関係ないよ。神とか仏とか、いるとも思えないし、いたとしても老人や弱い人間がすがるもんじゃないか」と考えている人がいるかもしれない。たしかにそうかもしれません。たとえば、神の存在証明。古来いろいろな人がいろいろ試してきましたが、ぼくの結論を先にいえば、そうしたものはあまり説得力がない。というか、万人が納得いくような証明をした人はいない。そもそもそういう証明ができないという性質が神かも。。。。このあたりのことは後回し。

しかし最近読んだ本の一節にも、次のように書かれていたことが印象的です。ちょっと長くなるけど引用してみます。

「それにしても、我々の社会、いまだにまったく、宗教からの解放どころの騒ぎではないではないか。相変わらず、うさんくさい宗教、疑似宗教、疑似疑似宗教が次々と出現し、それにたぶらかされる人が次々と大勢出て来る。実は、統計的には、今の日本人は、私は無宗教です、と思っている人が非常に多い。しかし、実際には、その人たちは宗教から足を洗うことなどできておらず、さまざまな宗教儀礼に適当につきあって、まさに日本的ななあなあ主義で、適当にあちこちつきあっておいでになる。単なるつきあい程度なら、御自由に、としか言えないけれども、この種のものは単なるつきあいでは終らない。だから人々の心の中に、うさんくさい宗教、擬似宗教、新興宗教、新々宗教、新々々宗教、擬似擬似宗教、等々に対する免疫が形成されないのである。昨日まで、私は無宗教です、と言っていた人が、ある日、気がついてみると、とんでもない擬似宗教のとりこになっている。オウムだの、白装束だの、何だのかんだのというのは、別に、少数の例外的な人がとりつかれたわけではない。日常は、そんな迷信的な擬似宗教とはまったく無縁のように見え、ごく普通の生活を送っている人が、ある日突然、そういうものに組み込まれる。逆に言えば、いかにも、そういうものにたぶらかされそうな危うい人が、この社会に満ちあふれているのである。だから、次々とあの手のものが登場する。」(田川建三著『キリスト教思想への招待』勁草書房 二三八~二三九頁)

 田川氏はこのあと、だから既成宗教や伝統宗教がいい、などとは言いません。「宗教信仰というのは、本質的にうさんくさいもの」ではあるが、しかし「同時に、この社会において、さまざまなよき部分」、「特に、あまり眼に見えない領域で良きものを担ってきた」といいます。そういう「良きもの」を宗教ではなく、「みずからの手で直接担うようになってはじめて、我々は、もう宗教なんぞいらない、と言える資格を手に入れる。それなしに、宗教なんて迷信だからやめなさい、などと言っても、無益な破壊になるだけだ」と――。まあこんな感じです。
 田川建三という人は、聖書学界では超有名な学者です。既成の教義にとらわれず、ラディカル(根本的)にイエスの思想を解き明かそうとしている、わたしは最も良心的な聖書学者の一人だと思っています。〝最終的に宗教をこえるために宗教を知ろう〟そういうことではないかとわたしは読みました。
 二〇〇一年にアメリカで起こった大規模な自爆テロ事件は、イスラム教の過激派組織の一部の人たちが起こしたものでしたね。日本でも何年か前、オウム真理教の地下鉄サリン事件があって、たくさんの人が死傷しました。宗教にまつわる暗い話、怖い話はたしかに多い。
 でも一方で、先年亡くなったマザー・テレサの活躍を知らない人はいないでしょう。あの人はいわゆる慈善事業家ではなく、*カトリック(キリスト教の一派)の修道女、シスターです。根底にあるのは神やイエスに対する熱烈な信仰です。
 最初に言ったように、わたしもカトリックです。*なんでそうなったの?とよく聞かれますが、その経緯はおいおい話していくとして、今は、もう少し有名な人の例を話しましょう。
たとえば作家で数年前に亡くなった遠藤周作さん。この人はわたしが*洗礼(キリスト教になる儀式)を受ける決心をするきっかけになった人です。狐狸庵モノとかユーモア小説とか、いっぱい書いて学士院会員にまでなった人です。ノーベル賞をもらう直前までいった作家です。この人が書いた『沈黙』とか『深い河』とか、読んだり映画で見たことがある人もいるんじゃないかな。そう、ユーモア小説なんか書きながら、十年に一度くらいまじめな?本を出していたんだね。僕も学生時代、遠藤周作さんの〝狐狸庵もの〟や〝ぐうたらシリーズ〟を読んで腹を抱えて笑ったものです。しかしそうしたユーモアの根底に、氏の〝キリスト教〟的な、いわば「道を求める心」が隠れていることを知ったのはずっと後のことです。それで、この人が書いたものにも僕はかなり影響を受けているんだけれど、そのことはまた、おいおい話していきましょう。
 それから三浦綾子さん。これも映画やテレビでやったことがある『氷点』なんか書いた人だよ。僕は最初の本『今を生きることば』ってのを書いたとき、この人に帯を書いてもらったんだよ。うれしかったなあ、とってもほめてくれたんだ。なんか、本の内容より、三浦さんの帯文のほうがよかったりして、気恥ずかしいんだけど(笑)。。。。
ほかにも曾野綾子さんとか小川国夫さんとか、文学が好きな人ならたいてい知ってる、日本で今活躍している作家には、実はけっこうクリスチャンが多いんだな。先日立ち寄った本屋さんでも、曾野綾子・三浦朱門さん御夫妻、三浦綾子さん、矢代静一さん、加賀乙彦さん、そして遠藤周作さんなどの本が平づみになっていました。この人たちはすべてキリスト教の洗礼を受けた作家です。高校生ぐらいだとそのことを知らずに手に取っている人たちもいるんじゃないかな。
現代だけじゃなくて、近代の文学者のなかにも芥川龍之介や太宰治、この人たちは洗礼は受けなかったけど、少なからず聖書やキリスト教に関心を持っていた作家です。もっとさかのぼると、正宗白鳥、有島武郎、武者小路実篤、国木田独歩・・・いくらでもいる。


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付録:なぜ信じたのか  

ときどき人から、「なぜ洗礼を受けたのか?」と聞かれることがあります。わたしは、職場や友人関係においても、自分がキリスト者であることをあえて隠したことはありません。むしろチャンスがあれば積極的に表明している方かもしれません。しかし「なぜ洗礼を?」と聞かれて咄嗟に何と答えようかいつも戸惑います。
内村鑑三も言っているとおり、どのようにして(how)キリスト者になったか、という経過は説明できても、どうして(why)キリスト者になったか、という理由はなかなか言語化できるものではないのです。気取ってこんなことを言っているのではありません。実際やってみようとして、本当に苦労するのです。病気・不安・・・・どれも少しずつは受洗の動機となってはいるでしょうが、どれも決定的なものではないような気がするのです。先年亡くなった遠藤周作氏の言葉を借りれば、そこにもう一つ、何か「X」とでも呼ぶべき者の力が働かなくては、受洗までは決意しなかったに違いないのです。
神の子イエス・キリストの福音の初め。
新約聖書にある四つの福音書のなかで最も古い『マルコ』はこの言葉で始まります。キリスト教と言えば、「イエス・キリストに対する信仰」のことを指すことは誰でも知っているでしょう。しかし、イエスが神の子であるということ、またキリスト(救い主)であるということをどうして信じたのか、と問われると、誰にでも納得してもらえそうな答えを探しだすのは至難の技なのです。
〝復活とか奇跡とか・・・・この科学万能の時代にそんなこと本気で信じてるの?!〟「なぜ受洗したか」という問いの裏にこんな気持ちが見え隠れすることもあります。少なくとも一つ言えることは、復活や奇跡が証明されたから、だからイエスを信じたのではない、ということです。むしろことは逆で、イエスの人格を信じたから復活も奇跡も信じたということです。それにしても、ではなぜイエスの人格を信頼できるのか、そこのところは説明できないまま残ります。
いろいろな人の「回心記」などを読んでみると、ある場所、ある時点で特別な宗教体験をした結果、神やキリストを信じるようになった、というように受け取れるものがたくさんあります。そのなかで最も有名なのは、パウロ(サウロ、サウル)のものでしょう。ここで少し引用が長くなりますが、彼の回心の経過をたどってみたいと思います。
さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。 ところで、ダマスコにアナニアという弟子がいた。幻の中で主が、「アナニア」と呼びかけると、アナニアは、「主よ、ここにおります」と言った。すると、主は言われた。「立って『直線通り』と呼ばれる通りへ行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ。今、彼は祈っている。アナニアという人が入って来て自分の上に手を置き、元どおり目が見えるようにしてくれるのを、幻で見たのだ。」しかし、アナニアは答えた。「主よ、わたしは、その人がエルサレムで、あなたの聖なる者たちに対してどんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました。ここでも、御名を呼び求める人をすべて捕らえるため、祭司長たちから権限を受けています。」すると、主は言われた。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家は入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。そこで、身を起こして洗礼を受け、食事をして元気を取り戻した。(使徒言行録9.1~22)
文学的にも美しいこのくだりを読んで、まず印象的なのは、「突然、天からの光が彼の周りを照らした」り、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかけるイエスの声――声は聞こえても姿は見えない――であったり、「たちまち目からうろこのようなものが落ち」るサウロの姿などでしょう。このとおりのことが実際、パウロに起こったのか、あるいは彼の心境の変化を文学的に表現したものなのか、証明はできませんが、いずれにしろ、何か劇的な回心がパウロに起こったことだけは事実でしょう。
しかし、わたし自身を含め、こういう劇的な回心は誰にでも起こるわけではありません。むしろキリスト者としては希な体験と言ってよいでしょう。では、長々と引用したこのパウロの回心体験は、特殊なものとして、一般的な受洗動機とは別に扱うべきなのでしょうか。わたしはそうは思いません。
たしかに、ダマスコの体験自体は劇的で、ある時突然起こったもののように記されています。しかしこれは、何の前触れもなく、何の関わりも持たない(復活者)イエスが突然、パウロの人生に介入してきた、ということなのでしょうか。そうは思えないのです。
パウロは回心前からイエスのことを知っていました。そればかりでなく、正統なユダヤ教徒として、「主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んでいた」のです。キリスト教会最初の殉教者であるステファノの死にも立ち合っていたようです(使徒言行録7.58) 。要するに、回心前のパウロは、反対の立場にありながら、キリスト者が何を信じ、どう生きているかを少しずつ知っていったと推測されるのです。実際に、ステファノの殉教に代表されるように、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と、自分を迫害する人々をゆるし、祈って死んでいくキリスト者の姿を見ていたにちがいありません。そしてその姿は、イエスの十字架の死の姿と二重写しになります。
そのとき、イエスは言われた。父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。(ルカ23.34)
こうしたことが、パウロ回心の伏線として敷かれていったのではないでしょうか。その過程で、律法遵守に最大の価値を置いていたファリサイ的な生き方から、愛とゆるしこそが生き方の源泉なのだと少しずつ悟っていったのだと思うのです。ダマスコでの回心は、その延長線上に、頂点として起こった出来事だったと言えます。けっして、何の前触れもない突然の回心ではなかったのです。
もう一つ重要なことがあります。光に照らされ、イエスの声を聞いたパウロは、目が見えなくなります。そこで、「同行していた人たち」がダマスコに連れて行きます。さらに、アナニアがパウロの上に手を置くことによって、「目からうろこのようなものが落ち」元どおりに見えるようになった――回心したのです。つまり、パウロの回心は、彼と神あるいはイエスの間で独立しに起こったことではないのです。目の見えないパウロをダマスコまで連れていく人たちがいなければ、またアナニアという人物が介在しなければ回心は起こらなかったと言ってよいでしょう。パウロの回心の経過を長々と引用したのは、この点を読者に知ってもらいたかったからです。こうしてパウロを信仰に導く伏線は、他者との関わりの中で様々に準備されていき、時が熟した時点で回心が起こったと考えられるのです。
以上のように、パウロの例を振り返ることによって、一見唐突に思える回心も、実は人生の長い時間的な経過の中で少しずつ準備されていくものであるということ、そして、その回心には他者との関係が大きな要素として作用することがおわかりいただけたかと思います。
こうしたことは、一人パウロの回心に特殊なものではなく、世のキリスト者、いな、何らかの信仰を持つ者に共通するものではないでしょうか。さらに言えば、こうしたことは信仰の問題に限らず、私たちの日常全般に言えることなのです。
遠藤周作氏は、多くの著書の中で次のように繰り返し述べています。
眼に見えぬ働き──それを神といってもいい。なぜなら神とは普通に言われているように存在というよりはむしろその働きを我々に感じさせるものだからだ。
それに気づいたのは自分の人生をいささか俯瞰できる年齢になってからである。神は直接ではなく間接的に、友人や邂逅や離別や、いや犬のぬれた眼や死んでいく小鳥の眼を通して働いていたことがやっと私にもわかったのだ。(『落第坊主の履歴書』)
「なぜ、洗礼を受けたのか」という問いの答えには、人生のすべて――生い立ち、人間関係、心身の状況すべてが総合されていると言わざるを得ないのです。こうして、いわば「時が満ちた」(マルコ1.15)とき、前述の遠藤氏言うところの「X」が働いて回心――受洗に至るのではないで しょうか。いなむしろ「X」は、私の人生の始まる前にも私の死後にもあらゆるものに働きつづけている力というべきなのでしょう。


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悔い改める、って?  

 まず「悔い改め」が問題です。このギリシア語メタノイアは、「過去を捨て、新しい生を求めて神に立ち帰ることを意味する」(新共同訳聖書辞典)します。しかしわたしたちが「悔 い 改める」というと、ああいう悪いことしてしまった、こういう罪を犯してしまった、というような、過去の個々の問題を反省するという意味で〝改心〟を連想するわけです。しかしメタノイアとはむしろ、全身全霊をもって百八十度〝神の方に向き直る〟ということが強調されているのです。つまり水平的な人間関係における反省以前に、神と人間との垂直的な関係が重視されているのです。
 前述のエピグラムで、新約聖書中「罪」と日本語訳されている〝ハマルティア〟が本来〝的をはずす〟という意味であったことに触れましたね。弓矢競技をやる場合、どんな名手がうまく狙ったとしても、矢そのものが曲がっていたとしたらけっして的を射ることはできないでしょう。わたしたち人間も、これと同じように、神と人との原関係(原罪∧Sin∨の問題)が正しくされてはじめて、人間同士の関係(罪∧sins∨の問題)が正しく導 かれるのです。




私は
基督の奇蹟をみんな詩にうたいたい
マグダラのマリアが
貴い油を彼の足にぬったことをうたいたい
出来ることなら
基督の一生を力一杯詩にうたいたい
そして
私の詩がいけないとこなされても
一人でも多く基督について考える人が出来たら
私のよろこびはどんなだろう

これは信仰詩集『神を呼ぼう』の序として巻頭に置かれた作品です。この詩集は重吉の死後23年を経た昭和25年に、無教会主義のキリスト者・鈴木俊郎によって選・編集されたものですが、「かれ(重吉)の詩は、かれの信仰の表白のほかの何ものでもありません」という鈴木氏の視点に立って、膨大な重吉の詩群からいわゆるキリスト教詩のエッセンスを、見事に抽出しています。鈴木氏がこの「願」という詩を巻頭に置いたのはおそらく、重吉がどんな姿勢で詩作に取り組んできたかを端的に表している作品と判断したためでしょう。
重吉は、〝福音書にある「基督の一生を力一杯詩にうたいたい」それが自分の願いなのだ〟といいます。しかしそれだけで終わってはいません。もし「私の詩がいけないとこなされても/一人でも多く基督について考える人が出来たら」それで本望なのだ、というのです。ここには、詩人・重吉が長い間こだわってきた最も大切なもの──詩人としての自分の姿勢、自分のスタイル、自分の言葉といったあらゆる「自分」を相対化してしまう、強い覚悟を読み取ることができるのです。


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奇跡について  

ここで信仰と奇跡の問題にも触れておきましょう。
福音書に記された奇跡的な話が事実としてあったのか、なかったのか。
あったとすればどこまでが事実なのか、科学的に検証しようという試みは、歴史上繰り返し行われてきましたし、現代のわたしたちにとっても、興味のあることにはちがいありません。
一時イエスのこれらの奇跡をすべて否定し、合理的に解釈しようとする神学が隆盛したこともありました。
結論を先にいえば、史実としての奇跡があったかなかったか、確かめようがない、ということです。
私見をいえば、少なくともイエスが常人にはできないような奇跡的な業を何らか行っていたことは十分あり得ると思っています。
イエスが伝えた神の国の現実性と奇跡の問題については、次のような句が参考になるかもしれません。
                                    
<すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。・・・・』と書いてある。」次に、悪魔は・・・・神殿の屋根の端に立たせて、言った。「神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、・・・・手であなたを支える』と書いてある。」イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」と言われた。>(マタイ四・三~七抜粋)

イエスは、「石がパンになるよう」な奇跡を拒否し、神殿から飛び降りて神を試すことも拒否します。なぜでしょうか?
おそらくそれは、自分が「神の子」であることの証拠として奇跡を利用し、証人として神を利用するなら、神とイエスの間に真の信頼関係が成り立たなくなるからです。
わたしたちが日常経験する親子や夫婦あるいは友人関係を考えてみてください。
愛情や友情の〝証〟として何かをプレゼントするとします。
しかしそのプレゼントによって、はじめて愛情や友情に気づき、あるいはそうしたものが成り立つわけではないでしょう。
プレゼントは、あくまでも長い間にともに培ってきた愛情や友情の結果としての証なのです。
 ほんとうは改めてプレゼントなどする必要はないのです。しかし人間は弱いものですから、長いつき合いの中でともすれば相手の気持ちがわからなくなり疑ってみたり、相手の厚意を当然と思ってしまうこともあるでしょう。そんなときにある種のプレゼントがお互いの関係を再認識させ、さらに深い愛情を育む契機となるのです。
 神とイエスの関係、あるいはイエスとイエスを信じた人たちの関係もこれと同じです。古今東西奇跡的な話は数多ありますし、その事実を否定するつもりはありませんが、少なくとも神の国到来のしるしとしての奇跡は、イエスの神に対する信頼、イエスについてきた人たちのイエスに対する信頼なしにはありえないということになるのです。
 端的に言えば、そうした信頼を前提としてイエスを見、彼の話に耳を傾け、彼に触れた人たちにとっては、イエスのすべての行為・言動さらにイエスの存在そのものが奇跡的であり、喜ばしい報せ〓福音と受け取られたのではないでしょうか。

  更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そう か。それは、からし種のようなものである。土に蒔くときは、地上のどんな種よりも小 さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れる ほど大きな枝を張る。

 ではわたしたちは何もしなくていいのか、というとそうではありません。神の国の成長のために「土に種を蒔く」という仕事は、あくまでも「人が」しなければならないのです。その第一歩は何でしょうか。再び『マルコ』一・一五のイエスの最初の宣教の言葉に戻ります。

  時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。(マルコ1.15)

 満ちてくる「時」、近づいてくる「神の国」に対して、わたしたちは「悔い改めて福音を信じなさい。」といわれています。また少しずつ見ていくことにしましょう。


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〝神の国〟のイメージ  

ではいったいイエスの言った「神の国」とはどんなものだったのでしょうか? 前述したとおり〝この世〟に生活するわたしたちはいわば完全な神の国への途上にあるのですから、それをすでに体験した者として語ることはできません。
もう一度、前項で説明した『マルコ』一・一五のイエスの宣教の言葉に戻りましょう。

<時は満ち、神の国は近づいた。・・・・>

今度は「神の国は近づいた」と「神の国」が主語であることに注目したいと思います。
つまり、わたしたちが中心となって神の国とはどんなものなのかと議論したり、その実現のために努力したり(あるいは拒否したり)する前に神の国自らが、いわば向こうから〝近づいて来てしまっている〟ということが強調されているのです。

<また、イエスは言われた。「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。」>(マルコ四・二六~二八)

これは福音書のなかで〝成長する種のたとえ〟といわれているものです。
イエスは「神の国」を「土がひとりでに実を結ばせる」ようなものとして捉えています。
前述の聖句と同様、神の国は自ら働くという、いわば神の国の能動性・積極性が強調されているのです。
わたしたちが「夜昼、寝起きしているうちに」神の国の「種は芽を出して成長」しますが、「どうしてそうなるのか」はわたしたちにはわからない、というのです。
また、前項では「神の国はあなたがたの間にある」という句を単に心の中の問題として解釈するなら、〝神の国〟のリアリティを損なう、というようなことに触れました。
このことに関連する句として次のような言葉があります。

<「しかし、わたしが神の霊(ルカ一一・二〇では「神の指」)で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。」>(マタイ一二・二八)

ここでははっきりと「神の国はあなたたちのところに来ているだ」と宣言されており、「時は満ち、・・・・」の句と同様に神の国の時間的な〝現在性〟が強調されています。
と同時に、イエスの奇跡や病人のいやし〓「悪霊を追い出している」、あるいはイエスの存在そのものから、神の国の〝現実性〟を主張するものと解釈できます。
ここで「あななたたち」というのは、直接にはイエスに反対するファリサイ派の人々を指しており、そういう人たちの上にも否応なく神の国は来ている、神の支配がはじまっているということになります。
ちなみに〝悪霊の追い出し〟ということは当時、イエスに限ったことではなかったようです。
医学の発達していない時代のことですから、どのくらいうまくいったかは別として、他の人が、病人のいやしや悪霊の追い出しをしたこともあった。
したがって注意しなければいけないのは、イエスが奇跡やいやしを行ったことが神の国の到来の”証明〟ではない、ということです。
事実イエスに反対する人たちは、イエスがこのような業を行えるのは悪霊の仕業だと考えました。(右の福音書のくだりを一般に「ベルゼブル(悪霊の頭)論争」といいます。)
イエスのこうした業を何の〝しるし〟と見るかが問われているのです。
イエス自身や福音書を書いた原始キリスト教会の人たちは、これを神の国到来のしるしと見ました。


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宗教のイメージ  

宗教問題は純粋に心のなかの問題――信じたい人は勝手にひとりで心のなかだけで信じていればいいのだ・・・・つまり個人個人の〝心の持ちよう〟の問題と考えている日本人は案外多いようです。
だいたい現代の一般的な日本人が宗教を意識する機会というのを考えてみると、それは仕方のないことのようにも思います。
あのオウム事件、一部宗教団体のしつこい勧誘、それに高校教員の立場から言わせてもらえば、宗教が戦争の原因として過大視された世界史の授業等々、宗教そのものを悪と考えてしまう機会ばかりが目につきます。
一方、たとえばマザーテレサがしている行動をすばらしい慈善事業として見ることはあっても、彼女が繰り返し述べている、「わたしは自分たちがしていることを慈善事業だとは思っていません。
貧しい人にしていることはすなわちイエスにしているのです。」というような発言にはなぜか無頓着です。
また、今話題になっているホスピス。
「あなたは末期癌になったらホスピスに入りたいと思いますか?」という質問に多くの日本人が「はい」と答えていますが、ホスピスの創設がキリスト教団体によるものであったという歴史や、今日本に建設されているホスピスの多くも宗教団体によってつくられていることはあまり知られていません。
阪神大震災のときも、あるいは世界中の災害地、難民キャンプ等で活躍するボランティアが多く宗教団体の支援のもとにあることも知らない人が多いのではないでしょうか。


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自分の十字架を背負って  

そのベクトルを端的にあらわす言葉が福音書にないだろうか、このところ私はずっと思いめぐらしていました。そして次の聖句にたどり着いたのです。
「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。」(マルコ8:34~37)
私は、イエスの教えの要がこの言葉に端的に表現されていると思うのです。
先に私は、トマス・ア・ケンピスの『キリストにならいて』が「イエスの言葉や生涯を黙想し、そのなかに自分を沈潜させることによってはじめて私たちは真の幸福──救いに至る」ということを主張している書物であると述べました。これは先にも引用したように、「私(イエス)に従う者は闇の中を歩まない」(同書1:1)という前提があることによって出てくる結論です。つまり、私たちの真の幸福は、「イエスに従う」ことにあるのです。そしてその具体的な方法論として、「黙想」(祈り)が必要なのです。
人はだれでも、幸せに生きることを望みます。人生の目的はそれだけだと言っても過言ではないでしょう。すべての人間のこの究極的な願いに応えようとするイエスは、「私に従う」ことを要求しています。さらにその具体的な手段が祈りだというのです。
若い頃の私はなんとなく読み過ごしてしまったのですが、このことは『キリストにならいて』の冒頭にはっきりと書かれているのです。トマスは絶えざる勉学と祈りと直感によってそれを見抜いていたのだと思います。この頃になってやっとトマスの言わんとすることが少しずつ解ってきました。
イエスに従う(ならう)こと。
そのためには祈りが必要であること。
新約聖書が具体的に私たちに要求していることは、この二点に要約されるのではないでしょうか。そしてこの二つの相互作用によって、私たちの自我は相対化し、真の幸福すなわち救いに至るのだ、というのが「福音」と呼ばれるものの内実なのです。この視点に立って、先に示したイエスの言葉、
「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである」を吟味してみたいと思います。


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同じベクトル──自我相対化  

初めて福音書を手にしたとき、『マタイ』や『ルカ』の冒頭にある系図やマリアの処女懐胎の記事を読んで、「こんな神話にはとてもついていけない」とがっかりした経験のある人は多いと思います。それは、上に述べたような福音書という文学類型の特殊性を知らず、一般の歴史書と同じ構えで読もうとする誤解から生じるものなのです。
というわけで、律法問題にしても、イエスが史実としてどこまで具体的に律法を否定ないし越えていたかは、簡単に結論は出せないのです。先に私は「安息日論争」に触れたとき(6/8記)、イエスは要するに「律法は、人のために定められた。人が律法のためにあるのではない」と宣言したのだと述べましたが、それはイエスの生き方全体として言えることであって、個々の律法をすべてどうでもいいものとしたという結論は単純には出せないのです。
以上のような福音書の特殊性に注意しながら、イエスの言葉や行いをたどっていくと、イエスは必ず個々の具体的な場面と人に応じて語っていることに気づきます。つまり仏教でいう対機説法なのです。現代のようにテレビやラジオを使って最大公約数的な大衆に向かって話したり、あるいは不特定多数の人たちを相手に本を書くというようなものではないのです。『マタイ』の「山上の説教」などはそのまま読めば一見、イエスが人としての生き方の一般原則をまとめて示したように思えますが、これとて一度にイエスが山上(『ルカ』では平地)で話したわけではなく、様々な状況、様々な人に語られた言葉を、マタイがまとめて編集したものです。
したがって、イエスの言葉を解釈するときは、どういう状況の中で誰に向かって語られたものなのかをよく考えなければなりません。病人や売春婦に語る言葉と、ファリサイ派やサドカイ派に語られる言葉は、当然違ってくるのです。イエスのある言葉を語られた状況を無視して取り出し、あたかもすべての場合に当てはまる普遍的原則のように受け取ることは大変危険なことです。
たとえば、「山上の説教」の中に、有名な次の言葉があります。
「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、すでに心の中でその女を犯したのである。もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。・・・・」(マタイ5:27~29)
男性でこの言葉に最初からつまずかない人はおそらくいないでしょう。このくだりを読んで、「こんな厳しいイエスにはとてもついていけない」と思う日本人は多いと思います。しかしこの言葉が実際、どういう状況の中でイエスの口に上ったかをわたしたちは考えてみなければなりません。
井上洋治神父の説によればこの言葉は、おそらく『ルカ』第21章から欠落した後、『ヨハネ』第8章に加えられた「姦通の女」のペリコーペのような状況の中で語られたものだろう、と思われます。(7:53~8:11参照)
当時の女性がユダヤ社会の中で、どんなに差別的で低い地位に置かれ、不当な扱いを受けていたかを想像すれば、「姦淫の女」に対するイエスのやさしいまなざしがいかに彼女を救うものであったかがわかります。と同時に、彼女を非難しようと集まっている男たちを上のような厳しい言葉をもって批判したであろうイエスの姿勢が理解できるのです。
こうしてイエスの言葉を対機説法的に解釈するなら、先に問題にした『ルカ』第10章の「善いサマリア人」における「律法の専門家」に対するイエスのアドバイスと、続く「マルタとマリア」でのマルタに対するアドバイスが異なることの意味が見えてくるように思います。
「善いサマリア人」のペリコーペでは、「律法の専門家」は「イエスを試そうとして」(25節)イエスに質問し、また「自分を正当化しようとして」(29節)「善いサマリア人」のたとえをイエスから引き出しています。こうした狭い自我を絶対化している「律法の専門家」に対しては、イエスはともかくも実践的な愛の行為を要求するのです。それは外面的な愛の行為がその行為者の内面に憐れみの心を起こし、自我を相対化させる──永遠の命を受け継ぐ──救いに至るというイエスの教えを示すものです。
それに対し、マルタのように心は隣人(イエス)へと向いてはいるものの、愛とは「いろいろのもてなし」のことなだという固定観念にとらわれ(この点では自我が絶対化している)、同じ行動をとらない隣人(マリア)への思いやりを欠いてしまっている場合にはイエスは、まず祈りをすすめます。
しかしどちらの場合にも、なんとかして相手の自我を相対化させようとするイエスの配慮、苦心、愛が読み取れるのです。それは、私たちの心に自我相対化が起こらなければ救われることがないからです。
ある場合には行為を要求し、ある場合には祈りをすすめるイエスの姿は、福音書の他の箇所にも散見されます。
さらに、まるで正反対に見える行為を要求する場合もあります。らい病を患っている人をいやした時は、「だれにも、何も話さないようにしなさい」と命じ(マルコ1:40)、悪霊に取りつかれたゲラサの人をいやした時は、「身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい」と命じています(同5:19)。イエスについて行きたいという願いを聞き入れる場合もあるし、禁止することもあります。これらの違いについて必ずしも福音書には明確な理由が記されてはいないのですが、イエスが常に対機説法的言動をとったことを踏まえれば、うなずけることのように思います。そしてイエスの対機説法が目指したものはすべからく、相手の自我相対化を促すためであった、というのが私の思い至った結論なのです。
キリスト教では、神の言葉である「イエスに聞く」「イエスを知る」あるいは「キリストに従う」ということが大切とされます。それはこれらの物言いが、すべて同じベクトル──自我相対化へと私たちを向かわせるものだからです。


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