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夜盗虫すべてのみこむ摂理かな  

このところずっと、「摂理」ということについて考えています。

『カトリックのカテキズム』No.321
「神の摂理とは、全被造物英知と愛をもって究極の目的に導かれる、神のはからいです。」

「摂理」は、あまり口にされなくなりましたが、キリスト教にとっては、信仰の根本にかかわることです。

気をつけたいのは、摂理=運命ではないということ。

運命は有無を言わせない冷たいもの。

摂理には、アッバの「英知と愛」が根底に流れています。


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過去はみな摂理と覚ゆ夏籠(なつごもり)  

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人生の主役はアッバ寒戻る  

 マタイ一七・二二~二三。イエスは「引き渡され・・・殺され・・・復活する(させられる)」――すべて受動態です。イエスの受難と復活は神が主導するものであったことが暗示されています。ひとりイエスだけではなく、私たちの人生の主役も、アッバなのです。このことを深く味わうとき、真の安らぎが訪れます。


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キリストにありて歩まん花曇り  

 「・・・キリストにあって歩みなさい。」(コロサイ二・六、聖書協会共同訳他)新共同訳で「キリストに結ばれて」と訳されていた箇所は、直訳の「~において」(英語のin)に戻されています。この方が、キリストの包容力、生きとし生けるものを生かす「場」というニュアンスがよく出てきます。


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