「南無アッバ」を生きる ホーム »○雑記
カテゴリー「○雑記」の記事一覧

日本人にわかるキリスト教を求めて

26May2012+011_convert_20120623181132_20120623222548.jpg井上洋治神父は、遠藤周作氏と共に、日本人の感性で正直に受けとめられるキリスト教を一生をかけて模索し、1986年「風の家」をはじめました。このサイトでは、「風の家」運動を引き継ぐ平田栄一が「求道俳句」ほか、日本人キリスト者の道を模索する試みを紹介していきます。お問合せ 略歴 著書

イエスを助けた女性たち  

NEC_0003.jpg
His twelve apostles were with him, and so were some wemen who had been healed of evil spirits and all sorts of diseases. (Luke 8:2)

category: ○雑記

tb: 0   cm: 0

5千人の共食  

NEC_0002.jpg
Everyone ate all they wanted.(Luke9:17)

category: ○雑記

tb: 0   cm: 0

蕎麦屋 三次郎にて  

2014-05-22 ダイスキン絵
Jesus told the servants to fill them to the top with water. (john 2:7)

category: ○雑記

tb: 0   cm: 0

老夫婦の愛に泣けました  

まったく古くならない
1982年のNHKテレビドラマ。

わかりやすくて、奥の深いストーリーに感動しました。
宇野重吉、笠智衆の演技はもちろん文句なし。

category: 生きがい論

tb: 0   cm: 0

この世の悲惨と御国の希望をつなぐイエス  




天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りする(ヨハネ1:51)



南無アッバ


category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

あちら様から呼びかけてくる人生  

「わたしに従いなさい」(ルカ9:59)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

だれにも決断の時がある  

イエスは、エルサレムに向かう決意を固められた。(ルカ9:51)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

ふがいないペトロを信頼するイエス様のお姿(井上説)  

「あなたは、神からのメシアです」(マタイ16:13以下参照)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

イエスとは何か?と問うことは  

ひとつの愛かもしれない。
「いったい、何者だろう。こんなうわさの主は。」(ルカ9:9)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

神の壮大な計画  

アッバは私たち、罪びとを招き(マタイ9:13)、
一人ひとりに、それぞれ恵みを与え(エフェソ4:7)、
キリストの体を作り上げてゆく(12)。
そして、キリストに向かって成長し(15)、
補い合って、
自ら愛のよって造り上げられてゆく(16)。

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

足るを知る=知足(ちそく)  

信心は、満ち足りることを知る者には、大きな利得の道(Ⅰテモテ6:6)
食べる物と着る物があれば、わたしたちはそれで満足すべき(同:8)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

苦しみの意味  

キリストは苦しみにより従順を学ばれ、救いの源となられた(ヘブライ5:8-9)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

迷いが出たときは原点に戻れ!  

神は裁くためでなく、救うために御子を遣わされた(ヨハネ3:17)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

力強い御言葉!  

若者よ、あなたに言う。起きなさい(ルカ7:14)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

百人隊長の謙虚さ  

ひと言おっしゃってください(ルカ7:7)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

偏り見ないことの何と難しいことか  

まず自分の目から丸太を取り除け(ルカ6:42)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

万事が益となるように共に働く(ローマ8:28)  

(なぜなら)神は我々と共におられる(から)(マタイ1:23)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

南無イエス、南無キリスト、南無アッバ  

キリストがすべてであり、すべてのもののうちにおられる(コロサイ3:11)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

老いも若きも同じ一日、この一日を大切に  

あなたがたは、キリストにおいて満たされている(コロサイ2:10)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

すべての人に神から与えられた使命がある  

立って、真ん中に出なさい。(ルカ6:8)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

日々新たな気持ちで  

新しいぶどう酒は、新しい皮袋に入れねばならない。(ルカ5:38)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

見込みがないと思うときにも  

「しかし、お言葉ですから網を降ろしてみましょう」(ルカ5:5)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

使命の自覚-遠い先はわからなくても、今日なすべきことを  

「わたしはそのために遣わされたのである。」(ルカ4:43)

category: 今日、心に残った言葉

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

迷ったときは、アッバの御心の根本に戻ろう!  

テサロニケの信徒への手紙一 / 5章 9節
神は、わたしたちを怒りに定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによる救いにあずからせるように定められたのです。
提供:日本聖書協会

category: 今日、心に残った言葉

tb: 0   cm: 0

『幼きイエズスの聖テレジアの教訓と思い出』覚書  

「私の人生はテレジアに始まりテレジアに終る」という井上神父が、「真珠の如くすばらしい言葉が並んでいる本」と絶賛している『幼きイエズスの聖テレジアの教訓と思い出』(S35=1960年、カルメル会訳)を少しずつ読んだ所を、ノートします。

 セリナ・マルタン(五女・1894年入会、ジュヌヴィエーヴ)は、テレーズ・マルタン(七女・1888年入会)の姉であるが、カルメル会入会は前後する。セリナはテレーズの精神的な「弟子」となった。(p.5)

テレジアは1896年3月から1897年9月30日に死去するまで、女子カルメル会において称号はなかったが、実質的に修練長だった。(p.10)

テレジアは、修練女各自の個性を考慮して、勧告をあたえた。
「・・・・この相違のために、どうしても人はみな、同じ方法で誘導することはできないのです。・・・・イエズス様が彼女たちにお示しになる特定の道によって、霊魂を導かねばならないことを感じます・・・・。」(p.11)
井上神父は、イエスの説教やたとえ話はすべて対機説法である、という。すなわち、テレビやラジオで不特定多数の人々に語ったようなものではなく、目の前で顔を合わせている特定の人々に語った。ゆえに、個々を比較すれば、矛盾するような言葉がたくさんある。修練女に語ったテレジアの言葉にもそういうことがあるということ。

category: ○雑記

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

わが心の春夏秋冬─心の不発弾--求道記(2)  

神父に初めて会った日の帰路、どっぷり暮れて北風が吹く駅頭で、「先生、復活とはどういうことですか?」と私はやぶからぼうに質問した。師は確か、「・・・・心だけの復活、体だけの復活というのはありえない」といった趣旨のことを言われたと記憶する。

別れ際、今度は師の方から、「あなた、お酒飲みますか?」と聞いてきた。私はまたまた戸惑った。求道中、あちこちの教会に出入りして、いろいろなキリスト者に出会ったが、自分から酒に誘うような聖職者を見たことがなかったのである。「ええ?! きらいな方ではありませんが・・・・」とやっと答えた。そんな私をにこにこしながら、「じゃあ今度一杯やりましょう」と微笑みながら誘ってくださった。安堵とうれしさで胸が熱くなった。

その後、幸いにも再就職が決まり、この少人数で自由な輪読会にしばらく通わせていただいた。老若男女、ときどき居眠りする会のメンバーであったが、そういう私たちを温かく包み込むようにして師は、日本人の心情で正直に捉えたイエスについて淡々と語り続けた。

  六月のキリストの神遊ぼうよ

輪読会には半年ほど通ったが、その間自ら洗礼を受けたいという気にはならなかった。もちろん師の方から受洗を勧めるようなことは一度もなかった。人生の師に巡り会えた、迷ったらこの方に相談すればいい、そういう気持ちで落ち着いていた。

ところが翌年6月頃突然洗礼を受けたくなった。そのときの心境を分析するのはむずかしい。新しい職場での不安もあったかもしれない。が、それだけではない。越えがたいと思っていたキリスト教の敷居、実はそんなものは最初からなかったのだ、今あるがままの自分でよいのだ、ということに私は師によって徐々に気づかされていった。

青年時代からずっと心底にあった虚無感や不安は、たしかにすぐ解決するようなものではないかもしれないが、少なくとも私以上に、ふがいなく弱いこの私のことを知っていてくださる方が確かにいるということ・・・・。そうであればまずその方を自ら受け入れること、そこからがスタートなのだ・・・・師のうしろ姿がそう語っているように思えた。

1981年8月受洗。カテドラルの庭で蝉時雨が時を満たしていた。

  不発弾眠る杜の蝉しぐれ

同年、私は結婚し、その披露宴では得意の(?)?美空ひばり?を歌って会衆をわかせる師であった。以来、度々お会いしてはお酒をご馳走になった。わが家の床の間には師の<余白の風 神の悲愛に 露草の如くに 遊ばん>の色紙が掲げてある。長男洋一の「洋」は師のお名前から一文字をいただき、これも事後承諾。

1986年、私は再度転職し、公立高校の社会科教員となった。この頃から私は求道の一環として自由律俳句を始め、その延長として近年、『今を生きることば』他のエピグラム集をまとめた。これらを今読み返してみると、井上神父との出会いがなければ生まれなかったであろ想が多々あることに気づく。感謝にたえない。

──わが青春に投下されたあの?不発弾?はどうなっているだろう。今も心に突き刺さったままかもしれない。あるいはこのまま何事もなく朽ちて、いずれ土にかえることになるのかもしれない。いずれにしろ、その不安な行く末を見つめるに、今は、?ひとりではない?という信が少しずつ芽生えてきているように思う。

  アースに触れた夕日 もう泣かない


(潮文社『わが心の春夏秋冬』第二集「心の不発弾」より)

category: 求道記

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

わが心の春夏秋冬─心の不発弾--求道記(1)  

 寺の庭に錆びついていた、あの不発弾はどうなっているだろう。境内の黒土に尻半分を埋め、斜めに突き刺さって、いかにも「不発」というにふさわしい。その姿に、訪れる者は〝いつ爆発するやも知れない〟という不安に駆られる。わが心の不発弾は──。

 この寺の管理下にある近くの観音堂に、わが家の墓地がある。今から40年近く前、その堂内に安置されている阿弥陀像の首から、小さなマリア像とくすんだ木製の十字架が発見された。西国から逃げてきたキリシタンに恋した、名主の娘の供養を願って、父親が奉納したものだという。

1980年春、就職浪人の私は不安定な立場にあった。同時に精神的にも、学生時代からずっと棚上げにしてきた、〝生き方に対する根本的な迷い〟をどうにもごまかすことができなくなっていた。図書館に通い詰め、哲学書や宗教書を貪る日々が続いた。

しかし書物からは結局、納得のいくような答えは見つからず、いつしか近隣のキリスト教会へ顔を出すようになった。そうした中で次第に、求道するならキリスト教で、という考えが固まっていった。しかし一方で、教会特有の禁欲的な、あるいは不自然な親切さとでもいうような雰囲気にどうしても馴染めず、それがキリスト教の敷居の高さの象徴として感じられた。

  神を呼び神を疎ましく生きている

夏になって、作家遠藤周作氏の著書から井上洋治という神父のことを知った。同じ頃、あるプロテスタントの集会でも、神父の『日本とイエスの顔』という著書を紹介された。プロテスタントの人がカトリックの神父の本を紹介するとは・・・・「何かある!」と思った。

私は意を決して神父に電話した。受話器の向こうで淡々とした、しかし明らかに温かい人柄を直感させる神父の声が応じた。東京の某所で輪読会をしているから、よかったら参加してみては、と言う。瞬間、初心の者にそんな資格があるのだろうか、とも思ったが、求道に行き詰まりを感じていた私は、晩秋のとある土曜日、思い切って出かけて行った。

有名作家が推薦する神父の輪読会だから、さぞかし多くのインテリが集まっていることだろう、目立たないように末席に、と思いながら恐る恐るドアを開けると、さして広くない集会室に四、五人。学生、OL,それに中年の婦人が二人ほど。面食らった。正面に座っているのが井上神父であった。

電話での声と顔が一致した。「平田君ですか?」と神父から声をかけてきた。私はあまりに予想外の光景に戸惑いながら、生半可な返事をした。しかしいかにもやさしいまなざしは、予想通りでほっとした。師は日本文化とイエス、ないしはキリスト教について淡々と語った。私は、細大漏らさず師の話を聞こうと必死でメモをとった。

井上洋治神父は終戦直後大学を卒業し、カルメル会という厳しい修道会で学ぶべく、フランスへ向かった。その船の四等船室でたまたま旅を共にしたのが、公費留学生の遠藤周作氏であった。氏のエッセーに、夜の更けた甲板でひとり跪いて祈る井上青年の姿が描かれている。井上神父と遠藤氏は、宗教者と文学者という立場の違いこそあれ、期せずして同じ問題意識、〝日本人とキリスト教〟という大テーマを抱えて帰国することになる──。

(潮文社『わが心の春夏秋冬』第二集「心の不発弾」より)

category: 求道記

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

B 神の国は自ら成長する  

090130

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

AB 信頼しきってアッバに近づく  

090128-29

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

AB 神の御心を行うとは  

090127

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

B 一人ひとりの使命を新たにする  

090126

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

AB 回心とは信頼、信頼とは南無アッバ  

090125

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

B 何気ない日常に介入する神  

090124

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

AB 旧約の超克・否定と受肉とは-ヘブライ人への手紙  

090123

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

B キリスト教とご利益  

090122

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

AB 人間中心主義でなく、アッバ中心主義「アッバ神学」  

090120-21

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

B キリストの叫びはアッバに聞き入れられた  

090119

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

AB 人生は生きてみなければわからない  

090118

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

B 弱さと罪の自覚、イエスの同情と救い  

090117

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

B 他者の信仰に癒される  

090116

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

B 日々励まし、共に生かすイエス  

090115

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

B 寄り添うイエス、応えるイエス  

090114

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

AA イエスによる救い3つの証拠  

090113

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

BC 人々の目に映ったイエスは?  

090112

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

南無アッバミサ報告  

090110-11

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

B イエス受肉の真実に信頼する  

090109

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

B 聖書の言葉は実現したか  

ルカ4:14-22
090108

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

A 愛は恐れを締め出す  

090107

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

AB 永遠の同伴者となるための死  

090106

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

B 1ヨハネ3:22-4:6 マタイ4:12-25 受肉・公現-アッバのメッセージ  

090105

category: 日記・音声・小話

thread: 聖書・キリスト教

janre: 学問・文化・芸術

tb: 0   cm: 0

求道詩歌誌「余白の風」

南無アッバの集い&平田講座

最後の南無アッバミサ

全記事表示リンク

カテゴリ

▲ Pagetop